今日という日は、 残りの人生の最初の一日 。
実を言うと私、先日 あることで死にかけました。
冒頭の格言は その事件の直後に出会ったもので、
“残りの人生” どころか、危うくホンマモンの
“最後の日” になるところだったぞ! と、ドキリとしながら読んだ格言でした。
事件は数週間前の火曜日の 朝に起こりました。
その日は ある勉強会の講座を受講するために那覇まで出かける用があり、
いつもより 少し遅く家を出た私は、会場がある小禄に向けて車を走らせましたが、
途中で高速を使った方が小禄に早く着くと判断して
走り出した車をUターンさせるつもりで 自宅近くの空き地に入ったのです。
その空き地は切り立った崖の上にあり、崖の周辺にはまったく囲いがなく、
普段は決して近づかない場所でしたが、とても急いでいたので
咄嗟の判断で その場所を選んでしまったのです。
「急いでいる」+「咄嗟の判断」=悲劇の幕開け
入口が少し斜めの斜面になっているごく小さなその空間に向けて、
軽く踏んだはずのアクセルが 思いのほか強く働いててしまい、
あっという間に崖スレスレまで車が進んで、
私は危うく車ごと崖から落ちて死ぬところでした。
それは 時間にするとわずか数秒間の出来事で、
生きていることと死ぬことは紙一重、ということを
強烈に実感させられる衝撃的な体験でした。
生死の分かれ目の鍵を握っていたのは
天使 でした。
軽く踏んだつもりのアクセルが猛烈な勢いで崖スレスレまで車を進めたのは、
ほんの一瞬のことでしたので、その時の私の頭の中は パニックになり
ブレーキを踏むという事すら思いつかなかったのですが、
崖の縁が目に入った瞬間、「助けて!ミカエル!!」と叫んだのです。
その後に起こったことは、まるで夢の中の出来事のようでした。
「落ちる!」と思った瞬間に 時間がスローモーションのコマ送りになり、
アクセルを強く踏み込んでいた右足が勝手に動いてブレーキを踏んでいたのです。
その時、頭の中で
『あぁ、そうか。
ブレーキというものが ここにあったんだ!』
と感じていました。
車が 崖っぷちスレスレで止まった時も、まるで夢を見ているようで、
沖縄の言葉で言うと「ふとぅ ふとぅ~」して、そのままじっとしていました。
少しでも体を動かすと、車が前に落ちるのではないか?と思えるほどの
崖っぷちでしたから。
「九死に一生」・・・あの崖から落ちていたら、
まず十中八九、私は死んでいたことでしょう。
この日は関野さんの沖縄初開催エリクソンヒプノ初級講座の最終日でしたので、
気を取り直した私は、とにもかくにも、車を恐る恐るバックさせ、
高速にのって小禄の産業支援センターへと向かったのですが、
運転中は いろんな事を考えました。
その日の朝になっても、まだ完全に仕上がっていない宿題のこと、
それまで気にしていた人間関係のこと、エトセトラ・エトセトラ・・・。
でもね・・・そんなことなんて、大したことでもなければ、何の問題でもなくて、
さっき死にかけた事に比べれば、それこそ、
「への河童」「河童のヘ」、だったんです。
だって 私、生きてるんだもの。
生きてるだけで すべてがOK 。
これ以上、何を望むことがあるでしょうか?
生と死の 別れ目で、生を考えたとき、
生きていれば それだけでOK、
であることが わかりました。
あの瞬間、人智を超えた存在が
私を助けてくれたことも わかりました。
生きていることと 死ぬことは ほんの紙一重。
助けて頂いた、ということは
私が 「生かされていること」 の 証明でもあります。
生きていることは 祝福であり、とても素晴らしい幸運ですね。
この幸運を 私は大切に、大事にしたい。
何年も何十年も生きてきましたが、
今この瞬間、生きていることこそが 素晴らしい、と気づくことができたのです。
今日という日は、 残りの人生の最初の一日。
「残りの人生の最初の一日」どころではなくて、
もしかしたら今日、この命を失ってしまうかも知れない・・・
そんなことを考えると、生きていることは幸運に満ちたギフトであり
掛け替えのない特別なプレゼントに思えてきませんか・・・?
忘れちゃいけない
マブイグミ も、もちろんやりました(^^)
その日は 帰りの時間が遅く夜になっていたので、
翌朝 その空き地に行って、落ちていたはずの私のマブヤー(魂)を
「マブヤー マブヤーむどぅちきみそーりよー(魂、魂、私の体に戻って下さい)」と
3回くり返し、土地の神様にも感謝の祈りを捧げてきました。
※
もう一つのブログ からの転載です。